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カムストック第七十三談「羊的二元論」



皆様、あけましておめでとうございます。

2015年、カムカムミニキーナは創立25周年を迎えます。



昨年をざっと振り返りますと

1~2月ある意味激動の「有頂天家族」

3月は島根雲南にて奇跡的な合同市民劇実現「歌劇ふることぶみ 雲南Ver」

4月は切なくも派手に爽やかだった、ナライブ・もいち堂ファイナルイベント

5月は台本だけ担当した、まさにミラクル体験DANCE・EARTH「CHANGES」

6月〜7月逆囲み舞台にチャレンジ東京&奈良の「遮光器」

8月去年唯一の役者専念、個人的に代表作の一つKAKUTA「痕跡」

9月史上最大の自分の台詞量。故郷に錦を絵に書いたような大成功「郡山千本桜」

同じく9月コンサート初演出。ジェットコースターのような「木の実ナナコンサート」

10月十年前の自分に自慢したい一日、AKIRAレスラー30周年記念興行「生前葬」

11月何かひとつの劇団的集大成を感じた「G海峡」

12月新たな一歩。天才芸人さんと作ったオリジナルワールド。うさこF「まなじり」



ちょっとやりすぎですな。

アウトプットが過ぎた一年。

それはそれでよかった。

でも振り返るとインプットが足りませなんだ。

読書・映画・舞台も。

今年はインプット不足意識して行こうと思います。

まだまだ何皮も剥けていかないと。



しかし総じて言えたのは、

旅をすることがよいということかな。

今年もせいだい旅をしようと思います。

旅人。



旅人と書いて“たびんど”と読むタイトルの小説を構想して十年以上経ちますが、

小説にはならなくても

ひとつ“たびんど”という精神で何かと臨んでいこうかと思います。



さて、このコラム

年頭にあたって干支にちなんだ文章を書くだけのブログになっていますので

せめてそれくらいは書かないとと思いまして。



羊か。

かつて年頭に羊について書いた記憶がありますね。

十二年干支について毎年書いたということか。

それは凄い。

全くそんな意識がない。



月日とはそんなものですかね。

二十五年なんて言われても

四半世紀なんて言われても

全くそんな意識がない。

四十五歳だと言われても

全くそんな意識がない。



他人に四十五歳相応に見えていること

ともすればそれ以上に見えていることが

全く意識できていない

親がそのくらいの歳の時に

僕は東京に出て劇団を旗揚げしてるわけですから。

その感じは全く想像がつかない。



そこには、まるで夢のような飛躍がある。

その飛躍はロケットや飛行機が飛ぶような、

あるいは鳥が飛ぶような大きなジャンプでは決してない。



それはまるで

羊が柵を飛び越えるような飛躍である。



その羊は

眠れぬ夜の羊か。

眠れる羊か。



ん?



ことほどさように羊は人を惑わせる。



前にも書いた。

羊にはどこかおかしなところがある。



羊にはいつもある疑いを持ってしまう。



「あの中に何か入っているのではないか?」



そういうものが柵を飛び越える。



眠れないのは僕なのか。

柵を飛んでいる羊なのか。



あるいは羊の毛の中に隠れた何者かなのか。



あるいは

あのくるりと巻いた角は

時空次元の捻転なのか。



話はまさに羊のように“飛躍”するが

映画「インターステラー」に満ちていたあの飛躍

腸捻転的な時空次元の飛躍。

時間の堂々巡りの中での

一本筋男的な“愛”とでも言うべき思い



ちなみに

一本筋男というのは

カムカム旗揚げ作品「迷宮博士」に出てくる男で

吉田さんが演じました。



そういえば

「迷宮博士」も“飛躍”の話だった。

イカロスとダイダロスの神話が元でした。



見た人しかわからない

かつネタバレなんで嫌な人は読み飛ばしていただけるといいんですが、

「インターステラー」で

あの無限の書棚の裏から覗いてるシーンが

非常に、羊的ですね。

ぐっときますね。



それが畳まれていくところもね。



まさに今、無限と書いて変換したら夢幻と最初に出たんだけれど、

無限と夢幻は口に出して言うと同じなんだな。



何か入ってるんじゃないかと疑いながらも、

何も入ってない羊がいて、それを目撃してるのかもしれないとも。



25周年というところで、

まあ興行的なテンションはもちろん上がります。

そこは楽しみにしておいていただきたい。



でも創作するテンションは、

そのようなものは

おいそれと節目だからって変化するようなあれではないんですが、

ふと今旗揚げ作品のこととか振り返ってる感じが、

そしてそこから成長したなとか、

変わってないなとか

そんな次元では結局ほとんど感慨がなくて

まさにあの書棚の裏からあの作品を覗いてるような、

その書棚が25年分宙に浮いてるような、

いや

宙に浮いてるのは自分の方か。

それとも

あれはどちらも浮いていたのか。

宙も何もないのか。

夢幻(無限)の空間だから。



こうして思うと、

まあそんなことはありえないけど

時間ってものを飛躍したものの見方ができたかのような錯覚にも陥る。

四次元的な。



そう。

羊という存在はそのように四次元的なものへの手がかりを

錯覚という形で与えてくれる魔術的な記号なのです。



それは時間の柵を飛び越える。

夢現の柵を飛び越える。

忘却と記憶の柵を飛び越える。



忘却がない場合、

人はすべての夢を覚えていることになるのでしょうか?

それとも夢を見なくなるのでしょうか?



あるいはその問いは

死がない場合

というくらいに不毛な問いなのだろうか。



だとすると

夢がない場合

という問いはどのくらい不毛だろうか。



そもそも仮定というものが不毛なのだろうか。

しかしすべての作品は仮定みたいなものである。

すべての作品は不毛なのだろうか。

その不毛さと不毛でなさの柵を飛躍する者こそ

フサフサ毛の羊である。



羊毛とは何だ。



羊毛で覆われている本体は何だ。



やっぱり羊についてつらつら書いていくと

とりとめなく続いて眠れなくなる。

あるいは、

眠くなる。



眠れぬ夜の羊の皮を剥ぎ、

眠れる羊を揺り起こす。



それが我らの”飛躍”と信じ。



わけわからないですね。

羊的にふわふわと書いてみたらやっぱりこうなるのです。

しかし皆さん、

よくわからないことにこそ大事なポイントが隠されている

はず。

それは隠れているからよくわからないのです。

たぶん。

だからこそ掘り起こす価値がある。

恐らく。



羊問答でした。



最後に具体的?な告知を。



カムカムミニキーナ25周年は二本立て!



まずは5月本多劇場他にて

「スワン・ダイブ」

これは信州諏訪地方の神話と日本各地の白鳥伝説などを題材に

いろんなことが巻き起こる話。



そして11月座高円寺

「>(ダイナリィ)」

これは全国に広がる稲荷・狐信仰の説話を題材に

いろんなことが巻き起こる話。



両公演とも例年以上に豪華ゲストを迎えてお送りする予定。


お楽しみに!



2015.1.5



*ちなみに一回り前の羊年のコラムです。

http://comestock.jugem.jp/?month=200301

at 01:24, 松村武, -

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