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カムストック第六十六談 「赤い扉の向こう側」

奈良新聞でもう二年くらいにわたり、

「赤い扉の向こう側」というコラムを連載させていただいてます。

今も続いております。

このコラムのはじめの趣旨は、

ついぞ変わらぬ日常の時間の中に、

情念のわずかな火種に燻られ、

ぼんやりと、今とは違う明日を夢想し、

日々、悶々と過ごすような

奈良の人らしくない奈良の人々に、

真っ赤なビロードで覆われた、

劇場の扉の向こう側、

のぞき見た虚構の舞台に、

繰り広げられる非日常の風景への、

ささやかな入り口を提案する。




というようなものでした。




ところが今や関東では、

逆に

いつ帰るかわからない日常を求めて、

ついぞ戻らぬ、いつもの風景を求めて、

絶望と希望が静かに交錯する…。





時代は大きく変わりました。


これから赤い扉の向こう側にて、

何を皆さんに見せていかなくてはいけないのでしょうか…。

みんな何を見たいのだろう?



震災があってから初めて書いた原稿を転載します。

このコラムは副題を十回周期で変更していて、

たまたまこの一巡は「悦楽」でした。




「赤い扉の向こう側」

第五十回「生命の悦楽」

 昔、地球の生態系の頂点だった恐竜が、隕石の激突で一気に絶滅したって話や、ムー大陸が現代以上の文明を持っていたのに一瞬にして海に沈んだみたいな空想話が、今や現実味を帯びた悲劇の歴史に思えてきました。何の理由もなく、一瞬にして、広大な文明、膨大な数の生命が失われるってことは、ありうるんですね。 
 大震災以来、言葉というものを失う日々が続きます。世界は一変しました。絶望も希望も、今までの言葉ではうまく表せない。何が起こり、何が失われたのか。何を守り、何を目指すのか。新しい言葉、新しい物語が必要だと思います。すぐには見つかりませんが。 
 生命。この世に生を受けたからには、まず目指すことは最大限生き続け、生き残ること。でもこれはあらゆる生物の宿命です。ただ人間だけが、これを個々の単位で考えて、一人で宿命を生きようとして悩む。でも魚や虫を見ればわかります。生命はだいたい「群」で生きる。一人ではなく、みんなで最大限に生き続ける。そのためにみんなで支え合う。復興地域の映像には、人々がこの大変な状況の中で、支え合って「群」として生き残っていこうとする生命本来の健気な美しさがある。過酷過ぎる現実が要求するシンプルな生です。
 そしてこの「群」の中には、失われた命、これから生まれる命も含まれているように思います。死者の命の記憶を、これから誕生する命に継ぐことで、滅びることなく何かが続いていく、それが「群」としての人間のサバイバルの姿です。個々の命は失われても、しぶとく潰えないモノ、これこそが生命の悦楽、人間だけがなし得る文化という奇跡ではないでしょうか。これだけは何としても残しましょう。
 今日もまた新しい生命がこの国に生まれ、その子達にこの震災の記憶が、生命の尊さと脆さを忘れぬひとつの文化となって、いつまでもいつまでも語り継がれていくように。

奈良新聞4月1日号






*震災後しばらくしてからツイッター本格参入してます。あの時はツイッターに、本当に助けられたから。


http://twitter.com/#!/maturasu

at 14:22, 松村武, -

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