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カムストック第六十二談「旅」

毎度謝ってばかりですが、
 
今回もまことに更新まで間が空いてしまいました。

申し訳ありません。

ただ、それだけ、演劇活動が、

ひと時も手が離せない状況が続いておりまして…

またもや開幕直前で告知みたいな形にはなってしまいますが、

久しぶりに書いてみようかと。


「叔母との旅」という芝居を演出しております。

青山円形劇場にてまもなく開幕です。

四人の役者が、

一人十役近くをこなす。

さらに主人公の一人を四人で演じる。

と、まあ、無茶な構造の戯曲です。

しかも円形。

一人の役を複数人で演じるっていうのは、

なかなか珍しい形です。



もとはグレアム・グリーンの小説でして、

多彩な登場人物と、激しく場面移動を繰り返す、

その作品をどういうわけだか、

わずか四人に台詞と役を割りまくって、

演劇に仕立てた、この台本、

とても複雑で、とても謎めいています。

非常に冒険的で挑発的な戯曲なのです。



一体なんでこんなややこしい形になっているのか?

その理由のひとつが、

この作品が

「旅」

を主題にした作品だからだと僕は考えています。


物語をざっくりと明かすと、

これはまっとうに、堅実に生きてきた銀行を定年退職した五十過ぎの男が、

八十過ぎのエネルギッシュで自由奔放な叔母に翻弄され、

あれよあれよと、

とんでもない旅をするという、

年齢設定的にも

なかなかこんな話、作品としてはないぞっていう物語です。


シーンのほとんどは旅をしている。

だからっていわゆる、

ロードムービーというやつとは一味違うんです。

確かにロードムービーって趣ではあるんですが、

旅を通じて、ドラマが進行していく、

主人公が成長していく、

っていうパターンに単におさまらない、

なんというんでしょう、

「旅」という現象そのものとでもいうんでしょうか、

生モノとしての「旅」って塊を、

ズドンと

その意味も、色合いも、

哲学も、比喩も、

物理的な感覚も、

具体的な運動も

とにかくあらゆる感覚で、

現物化したかのような、

単に頭を使って考えるだけでは、

そのごく一部しかとらえきれない、

すなわち簡単には言葉にしようのない、

「旅」って行為そのものを、

だからこそ演劇でなら、

生身の役者の肉体表現でなら

と、

極めて野心的に向かい合った結果の、

この複雑怪奇な構成なんだと思います。


もちろんこの「旅」には人生の比喩も含まれる。

ただよく作品のメインテーマになりがちな、そういうことすら、

この作品のもくろむ本質のごく一部であるところが、とてつもない。


「旅」という行為には他にもさまざまな比喩として語られます。

じゃあ「旅」ってなんだ?

それは…

それは×××だ

とはなかなか答えられないものです。

何かの比喩を交えないと答えられないかもしれません。


これは本当に答えるのに難しい問いであり、

生命の核心にも触れる問いなのではないかと。


「旅」ってなんだ?


「旅」は「旅」だ。

そう言うしかない。

でも演劇でなら、

もう少し「旅」そのものに肉迫できる。


この「叔母との旅」は、

まさにその「旅」そのものへのアプローチなのです。


奔放な叔母が甥をいざなう「旅」。


「旅」に誘う者はすぐ身近にいて、否応なく、その人は「旅」に出る。


誕生、死、善悪、友情、愛。

すべての人生に関わる出来事は「旅」の比喩で語られる。


そこには必ず「叔母」がいる。



話は飛びますが、

僕は奈良新聞に隔週で連載させていただいてまして、

そのコラムのタイトルが

「赤い扉の向こう側」

と言います。

「赤い扉」というのは、

劇場の扉をイメージしてつけました。

その向こう側では、

日々の生活とは全く違う、

危険な価値観や物語が蠢いており、

それらは翻って、

扉の向こう側を覗いた人々の日々の生活に革新をもたらす。


そんなコンセプトで書いておりますが、

まさに

「叔母」とは、

僕にとって

「赤い扉の向こう側」で手招きする謎の美女なのです。

そしてその扉の向こう側にあるものは、

すべからく

「旅」

なんです。


話が混乱してきましたので、

具体的なところに戻しましょう。


この芝居、とにかく作るのが大変でした。

大げさでなく最初は

1行を成立させるのに、

一日かかるという塩梅。

何せこういう芝居のフォーマットというものがないので、

一からです。


段田さんが台詞をしゃべった人物を次に克実さんが引き継いで、

段田さんは他の人物になって、その人物が浅野さんが演じてる人物と話してるなと

思ってたら、その次の瞬間には克実さんが演じてた役が浅野さんになっているけど、

その台詞は段田さんがしゃべる。

その変化を皆が引き継いでしゃべってる人物の客観目線として眺めている鈴木浩介…


みたいにてんやわんやになってても台本上では二、三行。


そしてこれをどういう風に動いてやるか、なんて見本もない。


劇団以外での演出は基本、

引き出しに蓄えたものをどれだけ引き出せるか、

が勝負だと思っていて、

その表現方法の蓄えを新たに作っていくのが劇団の作品なんだと思っています。


しかし今回は、

引き出しでは足りず、

今すぐその場で、どんどんと生み出していかなければいけなかった。

そうでないと一歩も進まない。

進まないで止まって考えている余裕はない。



それは、僕にとってまるで登山の旅のような稽古でした。

全くゴールも見えないまま、急坂がどこまでも続く。

渾身の力を振り絞ったつもりが、わずかづつしか前に進んでいない。

頂上だと思ったら、全然低いピークで、

そこまで登って、さらに向こうに延々と連なる尾根。

雲の彼方に霞む、とても人力でたどりつけそうにない頂上。

そこへ向かって進むわずかの人数のパーティー。

キャリアとしては出演者より全然若僧ですが、

演出は曲がりなりにも、登山的にはパーティーリーダーです。


パーティーリーダーがやることは、

ペースの配分、

地図の確認。

そしてとにかく前へ進んでいくこと。


まさに登山そのものでした。


まだ初日は先ですが、

樹林帯の急坂は越えて稜線上には出たかなと思い、

ようやくこういうような文章も書けてますが、

一時は本当に濃霧の中で道を見失いかけたこともしばしばでありました。


まあこんな作品、

滅多にないと思うんで、

絶対多くの人に見てほしいです。



この「叔母との旅」そのものが

皆さんにとってかけがえのない「旅」となることを期待します。


面白いです。

この四人の俳優さんは、本当に当代一の舞台俳優です。

黙々と高みへ登り続けた、その姿に敬意を表します。





さて、

話変わって…


この「叔母との旅」が終われば、

次はカムカム奈良限定公演「平城京」

(並行して稽古やってます。こちらも大変ですが、十年前の本が新鮮で面白い。)


そしていよいよカムカム20周年記念公演

「水際パン屋」

がやってまいります。


くしくも本日は、そのWEB会員先行発売の日。

この後も劇団先行21日

一般発売9月4日

各プレイガイドでも先行など続々と発売されていきます。



今年一年かけて「浜燃ゆ」から積み上げられてきた


「WATER FRONT SAGA IN BAHAMA」


すべてはこの

「水際パン屋」

に至るまでの長い「旅」でありました。

っていうか、

カムカムの20年の「旅」そのものとでもいえる作品にするつもりで野心満々です。


驚きのサンキュー価格という冒険にまで踏み切ったのはひとえに、

この作品を見逃してほしくないから。


そしてカムカムを一度も見たことがない人にぜひ来てほしいからです。

うちの作品は

ひとつの「旅」に匹敵します!


ぜひお見逃しなく!




今年は本当にいい作品に恵まれている僕です。

きっと「水際パン屋」もいい作品になることでしょう。






さて、


「叔母との旅」が最後に行き着くのは南米パラグアイ。


僕は去年、

そのやや北側に位置するパナマから船に乗って、

コスタリカを経由し、

たどりついたサンフランシスコの海岸通りにて、

「WATER FRONT BAKERY」

の看板を掲げた

小さなパン屋を見つけ、

個人的に

「水際パン屋」

と名付けてほくそ笑んだという、


実に運命的な「旅」をしたのでした。


























































at 00:04, 松村武, -

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