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カムストック第五十九談 「阿修羅の国」

 

二月になりましたね。

 

振り返れば去年の二月は奈良漬け…


そう。


奈良の図書館演劇イベント「めくるめく図書館」にかかりっきりで、何度も東京奈良を往復してました。

その激動の一か月の模様は、カムストック第五十二談にイヤというほど長い文を書いてますので、お暇な方はご覧ください。

 

さて、そんなこんなで一年後の二月も、どうやらまたもや奈良漬けです。

 

平城遷都千三百年祭も幕を開け、
(のはずですが、現地はいろいろとまだ工事中でした)

否が応にも奈良人のテンションは上がっております。

そんな巷の旬の人々と再びコラボできる機会が巡ってきました。

 

しかも今回は二本立てです。

 

まずは

「ナ・
LIVE〜『種まき→地ならし』〜」

 

もちいどの商店街と言えば、

奈良の人ならだれでも知ってる、繁華街のど真ん中。

その商店街の一角にある旧印刷工場を、

参加者の手で劇場に仕立て上げ、

そこで芝居をうってやろう!

というのです。

 

元はと言えば、

昨年の「めくるめく図書館」のメンバーから、

 

このままで終わるのか?

まだ何かやれないか?

 

という声がぞくぞくと上がったことが発端です。

 

私たちにも何かができるぞ、

 

という確かな手ごたえを感じた、奈良人達が、

遷都千三百年に手をこまねいてることは、

もはやどうにも落ち着かない。

 

いろいろとディスカッションしてるうちに出てきたキーワード、


それが

 

草芝居

 

です。

 

奈良で演劇といっても、

僕が関わっている人たちは大半が、

普通に会社で働き、あるいは家庭で主婦として働く、

いわゆる社会人です。

 

もちろん奈良にもプロの芝居というものがあるんですが、

僕はこの彼らが、いわゆる社会人、つまるところ、

 

ド素人

 

であるというところに非常に魅力を感じておりまして、

そんな人達が舞台に立つ姿を、これからも見続けたいし、

一人でも多くの人達を舞台に誘いたい。

 

そこで、草芝居なんです。

 

例えば野球。

野球と言えばプロ野球だけを指すわけではありません。

その下には社会人野球があり、

高校野球、リトルリーグもある。

そして一番底辺にある立場を問わない野球。

それが草野球と呼ばれます。

 

草野球は何も子供だけのもんじゃない。

休日のグラウンドでは、野球好きのお父さんが草野球に興じているではありませんか?

それは技術や実績、勝敗すらも問題にしない野球です。

つまり、野球をすることに最大の意味がある野球。

 

なるほど。

この草野球の感覚で演劇をする、


つまり、


草芝居


というものが可能なんじゃないかと。

 

よし、ならばここから何年かけて、

この奈良を、草芝居のメッカにしようじゃないか

草っていう響きも奈良にあうし。

 

何より演劇をやるのは楽しいんです。

それを奈良の人達ははっきり気づいてくれた。

では、その楽しい演劇は、
プロにならないとやってはいけないものなのか?

ただ楽しいってだけで演劇してはいけないのか?

 

 

そもそも僕だって、ただ楽しいから演劇を始め、

ただ楽しいから演劇を続けてきた。

 

なのにいつのまにか、

売れなければ、劇団をやってる意味がないのかもしれない、

みたいな考えすら、時によぎってしまう。

 

くだらない腐り方をしてきてる自分に、

奈良の人達の発想は、カツを入れてくれるものでした。

 

演技なんてものは、

役者がどれだけ楽しんでるかだけだ。

と、昔言われた気もします。

 

これは極論ですが、

 

もしここに真実の一端でもあれば、

プロの演劇と草芝居には何の差もない。

 

草芝居には

我々二十年選手も目を見張るような芝居がいっぱいあります。

それは去年、僕が気づかされたことです。

 

蜷川さんが、高齢の方を集めた劇団を旗揚げされて、

その方達の演技の中での

 

彼らがその実人生の重みと役を交錯させた一瞬に発する輝き

 

について話している記事を読みました。

 

僕も去年同じような印象を受けました。

 

これまた極論としてですが、

政治家が政治家という職業であるべきでなくて、

何か他の本職を持つ人であるべきというような議論と同じく、

 

ひょっとすると、


演劇には職業にするべきものではない部分があるのかもしれません。

 

演劇にはノンフィクションの実人生を交錯させてこそ、

輝くフィクションという部分が確実にある。

 

それこそ草芝居の狙う隙間です。

 

さて、

 

草野球にグラウンドが必要なように、

 

草芝居にも劇場が必要です。

 

これをいかに確保するのか、ということで出てきたのが、

この旧印刷工場。

 

すでに昨年末から徐々にスタートした先行ワークショップでは、

まずはその空間の大掃除から始まりました。

倉庫化していた工場内の不要物の廃棄、

壁の塗り直し などなど

 

すべて参加者の手で行われた大改修にて、

先月末の正式ワークショップ開始時には、

東京で言えば、あのスズナリにも引けをとらない、

立派な劇場空間が出来上がっておりました。

 

まだまだいろいろとやっていきます。

あと半年でさらに見違える空間になることでしょう。

 

この手作り空間にて、

ワークショップを繰り返しながら、

作品作りへ。

そして九月に行われるのが、


草芝居リーグ

 

初代チャンピオン目指して、すでに熱気がすごいです。

 

僕を含め、劇団員も毎月奈良へ出向いて共同戦線です。

 

まさに 種まき→地ならし

 

この「ナ・LIVE2010には

我がカムカムも参戦予定!

 

お上主導のイベントがほとんどの遷都千三百年祭にて、

異彩を放つ市井からの手作り突き上げイベントです。

 

運営資金は、

趣旨に賛同してくれるサポーターのみなさんのビニール鹿奉納によってまかなわれる予定。

 

このHPでも情報出していきますので、

ぜひ、いっちょかんでやってくださいませ。

 









さて、例によって長くなってますが、

 

奈良での仕掛けは実はもう一つあるんです。

 

これはあまりまだ知られていないことなんですが、

平城遷都1300年の陰に隠れて、

実は2年後の2012年は

 

「古事記」編纂1300なんです!

 

「古事記」

皆さん、知ってますよね。

日本最古の書物です。

 

この「古事記」の内容を暗誦、

つまり覚えて作ってしゃべった人(文字にしたのは別人)、

それが稗田阿礼と言いまして、

 

この人をまつっている神社が賣太神社と言いまして、

これが奈良の大和郡山市というところにあります。

 


この大和郡山市は僕の実家がある場所であり、

カムカムが八年連続で奈良公演を上演するいつもの劇場は、

ここにある、やまと郡山城ホールです。

(ちなみにこの賣太神社は、うちの実家の近所であり、僕の小学校への通学路の途中にある毎日の遊び場で、僕が通っていた平和小学校では夏休みに阿礼祭というものが催されて、幼い僕は阿礼様の歌などを歌っていました)

 

このような縁で、大和郡山市では、

2012年に「古事記1300周年」を祝う、


 

様々なイベントを企画していて、

その一つとして、

 

市民劇団による歌劇「古事記」の上演

 

というものが決まりまして、

 

稗田阿礼にも郡山にも濃厚にゆかりのある僕がやらせてもらうことになりました。

 

2012年ですから、まだまだ先の話なんですが、

とりあえずゆっくりと、

市民劇団を育てていこうということで、

すでに先月よりお試しワークショップが始動しています。

 

このワークショップの層の厚みがすごかった。

 

最高齢八十歳。四十代だと完全に若手です。

ちなみに下は高校生。

娘・母・おばあちゃんの親子三代参加あり、

小学校の時の先生と生徒の再会あり、

職業も塾の先生、神主、市職員などさまざま。

 

東京ではありえないバラエティです。

 

こんなにいろんな人達で、古事記の神話がやれれば、

これは、もう何というか、

 

最強神話

 

ではないでしょうか?

 

そしてこれから少なくとも三年間、

また演劇を通じて奈良の人と一緒に何かをやれるということが、

僕にとっては何よりも喜びです。

 

 

 

という風に熱い奈良、少しは感じていただけたでしょうか?

 

両イベントともまだまだ参加者募集中です。

このHPでも詳細をアップしていきますので、

遠慮なくどしどし参加してくださいね。

 

 

 

最近本で読んだのですが、

 

司馬遼太郎の言葉にこういうものがあるそうです。

 

「阿修羅は、私にとって代表的奈良人である」

 

阿修羅とは興福寺阿修羅像のことです。

有名な仏像なので、大抵の人はご存知ではないでしょうか?

何か機会があれば、あらためて、この阿修羅像の正面の顔を眺めてください。

 

何とも言えない、

純朴で懸命な、

困ったような、

恥ずかしいような、

少年とも少女ともつかない、

まっすぐで、

美しいまなざし。

 

奈良に行くと、

こういう顔の人に、よく出会うんですよね。

 

 

 

at 22:54, 松村武, -

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