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第四十八談 ぎょくさん民族大移動

 わけあってうちのぎょくさん(ネコ)を実家に引っ越しさせないといけなくなりました。
うちの実家というのはもちろん奈良であります。僕は車を運転する権利を持っているけど、高速道路を走ったことがないし、第一車を持てるような身分ではありません。つまり自力での車移動はできない。だからといって、どんな仲いい人にだって、ごめんちょっと明日奈良まで車で行ってくれる?っていうことで動いてくれる人もなかなか東京にはいません。てなわけで、残された選択肢は電車移動です。つまり新幹線。あの新幹線に、ぎょくさんが乗るしかないのです。そんなことしていいのか?そこから始まります。ただ昔、飛行機に乗って、窓から景色を眺めている猫の写真を見たことがありました。その猫がぎょくさんそっくりなので、新聞記事に出ていたその写真を今でもPCに保存しておりました。飛行機でもありなのだから新幹線でダメなわけがない。しかし実際のところ、新幹線で犬や猫を乗せてる人を僕は見かけたことがありませんでした。大丈夫なのか?ということでネット探索。体験記としていくつかそういう記述があり、どうやら新幹線に猫を乗せても、公式には文句は言われないということがわかりました。ならばやるしかない!
 
準備は万端。仕事で奈良に行く日を見計らって、珍しくかなり前にチケットをとります。なぜなら具体的な席指定をせざるをえないなと思ったからです。ぎょくさんは猫ですから、いくら僕になついているとはいえ、犬のように「黙れ!」という指示が通るような存在ではありません。猫は基本人のいうことなんか聞きません。ぎょくさんはずっと生れた頃から部屋の中だけで育ててきたいわゆる家猫ですので、おそらく新幹線なんか乗ると怖がって泣きわめくか、ブルーになりきって黙るかどっちかなのです。泣きわめいた場合、すぐデッキに出ないと大変なことになります。猫はてんぱると物凄く響く声で鳴くのです。人の赤ちゃんが泣きわめいても怒り狂うおっさんが新幹線にはいます。同じ人間なのにです。そういうおっさんは、俺は何日寝てないとか、こんなに疲れるまでギリギリ頑張ってるのにとか、他人にはうかがい知れない理由で、他人を通して自分の状況にキレています。
 
そういうこともありますから、ぎょくさんの新幹線初乗りは大変不安な計画でありました。僕としてはぎょくさんを電車に乗せてから奈良に着くまでの約五時間は、あらゆる方向性からのひと悶着覚悟でした。それくらいの大移動だってことは薄々わかっていました。何より他ならぬ当事者であるぎょくさんが、部屋を出る時点から激しく拒否反応を示し、もよりの駅から東京駅までは、混み合った車内の喧騒であまり目立たなかったですが、もう哀切の最高潮ともいうべき鳴き声を途切れること無く発し続けていたのです。

まずは第一関門である改札通過。これはもう潔く申し出るべきだということで、窓口で「このバッグには実は猫が入ってるんです・・・」と煙たがられること覚悟で秘密を吐露するトーンで切り出したところ、いともあっさりと業務口調で、では手荷物料金お願いします、ということで、何だよ、三百円くらい払ったら全然OKなんです、猫は。これはネットの誰かの日記で読んだとおりでした。いささかホッとして、それでも駅弁など買う余裕もないまま車内へ。時間が遅かったので、かなりすいてました。平日の終電二本前くらいでしょうか。そのガラガラさも拍車をかけて、恐れていた通り、ここまでのラッシュの喧噪の中ではあまり気づかれなかった、ぎょくさんの絶え間ない哀切の響きが、新幹線の静かな座席に入ると、車両中にバリバリ響きわたります。時間はおしなべて睡眠時間。新大阪行三時間をほとんどの人が寝倒す魂胆の模様です。

仕方なく僕とぎょくさんはまだ新幹線が走りだしてもいない時点からデッキに出ました。
せっかくデッキにすぐ出れる端っこの席をがんばって取ったんですが、結局意味ありませんでした。デッキにいるのがギリギリセーフラインで、静まりかえった客席には一瞬たりと持ち込めないくらい、ぎょくさんがよく通る声で泣き続けていたからです。僕はと言えばもう寒い夜なのに汗だくで、つまり僕は他人に対してひけめを感じると、運動してなくても異常に大粒の汗が出るんですね。デッキにて、ぎょくさんを閉じ込めたバッグを抱えながら、東京駅も出てない時点でしゃれにならないレベルで汗だくです。あとから乗ってくる人の視線がすべて、僕と僕が大事そうに抱えるぎょくさん入りバッグにそそがれまくります。この寒い夜に汗だく男が、何か大きなバッグを抱えて、デッキに立ち続けているのです。これは実に不穏極まりない。

そんな中ぎょくさんの泣きわめき絶好調のタイミングで新幹線は出発したのですが、何せ東京京都間はのぞみでも二時間越えます。最初こそ調子良かったぎょくさんも、さすがに疲れたのか、次第に鳴き声も小さくかすかに変わっていき、やがてブルーな沈黙へと至ります。とてもかわいそうなのですが、どうかこのまま絶望して眠ってでもくれたらと僕は願い、沈黙がしばらく続いたところで、そっとバッグを車内に持ち込んで何とか座席に座ろうと動かすと、また鳴き声が復活する・・・この繰り返しで、全く車内には入れません。ずっと立っているとデッキというのは座席に比べて騒音がかなり大きいし、振動もかなりひどく、非常に不快です。新幹線で初めて乗り物酔いになりそうな勢いでした。ただ、それだけうるさくつらい状況だからこそ、ぎょくさんの鳴き声も文句は言われないわけで。さて、東京を出てしばらくずっと立ちっぱなしだった僕も、もういいや、と帰省ラッシュの自由席に入れなかった若者みたいにバッグ抱えてデッキに座り込んで、静かになったぎょくさんのことも少し頭から離して、しばし読書をしておりました。不思議なもんで読書に集中すると、周りの音や振動も前ほどには気にならなくなるのが人間なんですね。ところが猫は人間ではない…。

トンネルを通過すると、電車の音ってすごいうるさくなりますよね。新幹線ももちろん例外ではありません。デッキだとなおさら。振動も倍増しに揺れます。ぎょくさんが静かになってしばらくして、僕はいささか油断しながら本に夢中になっており、列車はトンネルを通過、すごい騒音が一瞬押し寄せたその時、僕は「バウバウ」というかすかな犬の鳴き声を聞いたような気がしました。しかし現実にそんな犬の声が聞こえるわけもなく、何かの聞き違いだと思って、スルーしました。ところが、また列車がトンネルを通過したときに、僕はやはり犬の鳴き声を聞いたのです。あれ?と思いましたが、何か空気の擦れる音なんかが犬の声のように聞こえるんだと思ってた程度でした。するとまた列車がトンネルを通過すると、明らかに犬の鳴き声が…しかもよく聞くとそれは僕のすぐそばから…僕はじっとぎょくさんの入った黒いバッグを見つめました。疲れていたせいもあり、また幻想的な小説を熱中して読みふけっていたせいもあってか、僕は瞬間的にその外からは中身が見えない黒いバッグの中のぎょくさんが、何らかの超自然的な現象として犬に入れ替わったのではないかと本気で考えました。そんな馬鹿な…しかしこれは超高速移動物体の中での出来事です。何が起こっても不思議ではないのではないか?高速によって時空が歪み、三次元と四次元が混在一体化して…などといろいろマジで考えてるうちに、またトンネル通過。今度は明らかにバッグの中から、はっきりと犬の声がするのを百パーセント確認しました。そして、やや冷静になって、メッシュになってるバッグの入口から中を覗き込み、その犬の鳴き声の正体を確認しました。それは、当然、ぎょくさんの声でした。トンネル通過の騒音と振動、それに対するあまりの恐怖ゆえに猫であるぎょくさんは何と「バウバウ」と狂犬のように鳴いていたのです。本当です。どう聞いても犬の鳴き声です。つまり、ぎょくさんはひきつけをおこしたような状況になって、猫としては信じられない犬の声で吠えていたのです。僕はとても怖くなって「ぎょくさん」の名を呼び続けました。ぎょくさんはトンネルから出ると途端に「ニャオ」と普通の猫の鳴き声に戻りました。しかしまたトンネルに入るとぎょくさんは狂犬に変わりました。そして通過するとまた「ニャオ」と泣く…ああ、何とつらい移動を課しているのか。猫を犬にしてしまう程の不安と恐怖を僕は人の都合で押し付けてしまっている…

その後しばらくして新幹線は京都に着き、すっかりうちひしがれて、全く無言になったまま実家に着いたぎょくさんは、バッグを開けるなり、どこかに雲隠れし、家中を探索しても全く見つからないまま一日を経て、二日目にようやく思いもかけない、言葉で説明できないような微妙なベッドの引き出しの隙間にて発見され、三日目にはもう何事もなかったかのように新しい棲家を探検しては興奮している。

ぎょくさんが人でなくてよかった。彼女はもう、あの恐怖の変身の瞬間をとうに忘れてしまっている。人ならばそんな経験を引きずって一生がフイになることもある。一日にして白髪になった人の話をにわかには信じられなかったが、あるな。

ある瞬間に我々動物は、思いもかけない変身を遂げることがあるってことです。

at 10:53, 松村武, -

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